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200X年 5月
俺、結城洋介(男子21番)の通っている群馬県那波町立北中学校は今日から修学旅行だ。
部活動の朝練習が始まる1時間も前、朝6時に学校正面玄関に集合し、クラス毎に割り振られたバスに乗り込んだ。
前日までに先生から受けた説明や、修学旅行しおりによると、最寄のインターチェンジから高速道路を使い、東京で下車。
そして東海道新幹線で京都を目指す手はずになっている。最初の目的地、東京駅まで2時間弱。胸の鼓動は高まるばかりだ。
しかし、眠そうな顔をしているやつが多いのも事実。
俺の隣に座っている八島耕太(男子20番)は睡眠時間が足りませんよ、と言わんばかりに窓枠に右肘を付き、
頭から窓にもたれ掛かっている。話し相手がこれでは、俺にまで眠気がうつりそうだ。
今にも睡眠に入りそうな耕太はとりあえず放っておき、何やら騒がしくなったバスの中を見渡す。
バスの前列とも後列とも言えない席で得をしたのは、不幸中の幸いと言ったところだろうか。
通路に軽く左半身を乗り出す。と、言っても2年生から3年生への進級はクラス替えが無いので、ほぼ全員、顔も名前も、部活動も仲良しグループも把握している。
まぁ、時間潰しにクラスメイトの座席確認は丁度いいだろうからね。
最初に周りより頭一つ、座席から飛び出ている左斜め前の席に嫌でも目がいった。
我らが野球部部長、兼クラス委員長の鬼島俊輔(男子5番)と同じく野球部の片岡秀太(男子3番)。
先ほど述べた通り、頭一つ飛び出している二人は、別に身を乗り出さなくともその背丈で確認する事はできたな。
ちなみに俊輔は投手、片岡は中堅手として我が野球部の主軸を担っている。
そんな運動神経の持ち主なだけあり、先月の球技大会では二人の活躍もあり、ソフトボール、バレーボール共に学年優勝を飾ることが出来た。
運動の事になると学年トップクラスな二人だ。それでいて俊輔は学年30位以内の学業成績を収めている。
もう高等学校から推薦の話が来ているくらいだ。で、片岡はその逆で学年下から30位程度の成績。ちなみに俺も同じくらいだ。俊輔を見習わないとな。
「洋介、少し寝たいから座席倒していい?」
俺の目の前の席に座っている三崎義一(男子17番)だ。小学校からの、ある種、幼馴染とも言える友人で、二人で同じ少年野球チームに所属し、
今でもお互い野球部だ。まぁ、説明不要だろう。その義一の隣、窓側の席には小谷太一(男子2番)は何やら小説を読んでいるようだ。
小谷はサッカー部なのだけれど、義一との仲が非常に良い。たぶん、お互いがお互いを親友と呼べる間柄なのではないだろうか?
義一とは小学生の時には、今は別クラスの佐竹と三人で良く遊んでいたのだが、中学で交友関係が広がってからはそんな事も稀になってしまった気がする。
俺はその分、隣で寝ている耕太と交友関係を深めていった訳だから、きっとそんなもんだと思う。
耕太、俊輔、片岡、義一、小谷と、たった五人のクラスメイトの事を考えていただけでバスはインターチェンジを過ぎ、高速道路を走っていた。
「それじゃ、カラオケ大会を始めるよ!」
最前列に座っていたクラス副委員長の渡瀬亜紀(女子18番)だ。吉野和美(女子17番)とクラスを盛り上げるムードメーカー的存在であり、
二人揃ってミス北中コンテスト最優秀賞候補な二人だ。もちろん、そんなミス北中コンテストなどは文化祭でもありはしないのだけれど。
まぁとにかく。去年の高原学校の帰りのバスでの、渡瀬さんと吉野さんのカラオケは今でも印象に残っている。
クラスの歌姫的存在でもあるだ。
そんな二人が最近流行りの曲や、昔懐かしいを歌い、クラスのテンションは二人に連れられるように揚がっていた。
そんな状況でも睡眠を続けている耕太には、さすがに驚いたが。
盛り上がる車内にあわせ、合いの手を入れたり、雑談を繰り広げていた俊輔に片岡、
車内の歌声で目を覚ました義一、小説をバックにしまい歌を聴いていた小谷と回ってきたマイクを手に取り歌ったりして、
バスは休憩のサービスエリアに到着した。トイレ休憩と、朝食を取っていない人の為の、軽食時間だ。
俺は念のため、トイレに寄り、小腹が空いたら……と予備の為にペットボトルのお茶と大手パンメーカーのアンパンとジャムパンを購入し、
再び車内へ乗り込んだ。そして定時となり、バスは東京へ向けて再出発した。
ゴツン、と頭部に衝撃が走る。隣で寝ていた耕太の頭部に頭をぶつけたようだ。
ヘッドバット対決などした覚えもないし、男に俺の大事な大事なファーストキスを捧げるつもりなど毛頭に無い。
そして――サービスエリアを出発した直後からの記憶も無い。俺はバスに乗り込んだ直後に寝ていたとでも言うのか?
いや、多少の眠気はあったけれど、すぐに睡眠へ落ちるほどではなかったはずだ。
サービスエリアで再乗車した時にやっと、寝ぼけ眼になっていた耕太は、まぁ例外として、
左隣の紺野空也(男子9番)、その隣の萩良典(男子15番)や俊輔に片岡まで思い思いに首を傾けて睡眠に入っているようだった。
一体何が起こっているのか、わからなくなっていた。幼稚園児でもないのにお昼寝の時間? それにしてはやけに早過ぎないか?
じゃあ何だ。とにかく、先生に聞いてみよう。
最前列、渡瀬さん、吉野さんと通路を挟んで隣に座っているはずの尾田先生に聞いてみよう。畜生。たった三メートル程度の距離なのに、やけに長く感じるな。
尾田先生の席が見える位置までたどり着き、愕然とした。先生の姿、荷物がどこにも無いのである。
そして、運転手の隣には、学校を出発した時からいたガイドさんの姿もない。そして運転手。
その運転手は顔を覆うように、まるでテレビゲームで観たようなマスクをしていた。ゲームの知識だと、ガスマスク……? なに、これ?
椅子の背もたれに腕を乗せて、ふらつく体を無理矢理に立ち姿勢にする。起きているのは、俺だけなのか?
朦朧とする意識の中、背後から足音がしたのに気づいた。
俺達、生徒が履いているスニーカーでは考えられない、やや甲高い足音だ。振り返れ!
と頭では命令するも、体はそれを拒否するかのように動かない。ただ漠然とした恐怖が全身を駆け巡る。
そしてその足音が俺の背後に立つのと同時に、先ほど耕太と頭部をぶつけ合った以上の衝撃が後頭部に走った。
車内に倒れこむ俺の体。朦朧とした意識の中で、恐怖と共に、ただひたすらに、死を予感した。
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