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闇を切り裂く鈍く重たい足音が響く。
身長、160半ばにして体重はその半分以上。
巨漢と言えば聞こえがいいが、はっきり言って、
それでは本当に巨漢と呼べる人物に申し訳がなく、
相撲部のような、と言っても北中には存在しないが全国の相撲部の部員達、
はたまた、それを糧に生活しているプロの人達にも迷惑がかかる。
ではなんと説明すればよいのだろうか。
考えるまでもなく、遠まわしに言うまでもなく決まっている。デブなのである。
そんなクラス一どころか学年一の、
もしかしたら学校一の体脂肪率を誇る美馬武(男子18番)
は県立那波高校を出発した後、
その重たい体を精一杯酷使させプログラムエリア東端にある自宅へと向っていた。
自宅が禁止エリアに指定されるまで6時間以上ある。
それまでにこの動き辛い制服から着替え、
部屋に溜め込んでいるスナック菓子や清涼飲料水などを持って、
このプログラムに臨むつもりで居た。
彼は、やる気になっていた。
来月の誕生日には母親特製の夕飯を食べなくてはいけないし、
期末試験勉強の母親特製の夜食をまた食べたいと思っているし、
母親特製の――まぁとにかく、彼は世間一般で言うマザコンなのだ。
大好きな母親にもう一度会うために、プログラムを勝ち抜いて褒めて貰うためだけに、
やる気になっていた。彼にとっては、十分な理由なのだろうが。
そんなこんな、母親の姿を思い出しながら自宅へ向け走ること30分。
走っていると言うよりも歩いていると言っても差し支えない速度で移動している時に、
彼の右手の国語辞典ほどの大きさのものから電子音が響いた。
彼は足を止め、それに目を向ける。
母親と食べる晩御飯の妄想に集中しすぎて気づかなかったのだが、
前方約30メートル前に北中3年2組のクラスメイトがいるようだ。
迂闊だった。近づきすぎた。
説明させて貰うと、彼、美馬武に支給されていた武器はエプソンロカディオと言う、
探知機なのだ。
探知機を中心に半径500メートルから50メートルまで縮尺を変えることができ、
デフォルトのままでは、
生徒を半径30メートル以内に捕らえることにより
徹夜明け2時間しか寝られなかった時の目覚まし時計より喧しい
電子音で知らせてくれるという優れ物なのだ。
その痴漢防犯ベルのような喧しい高音により、
前方の生徒は美馬武に気づいてしまったのだから、もう遅い。
その美馬武の前方にいた生徒は、彼と同じ小学校出身、
紺野空也(男子9番)だったのだ。
野球部ではレギュラーで、勉強も中の上に食い込んでいて、女子にも人気。
運動音痴、勉強はそれなり、女子にはサッパリな美馬武にとって、
目の仇にしたくなるようなクラスメイトだ。
それで、その喧しい音に気づいた紺野空也は身構えながら美馬武に近づいてきたわけだ。
「美馬か?」
正直、いくら月明かりしか出ていないと言っても、
その福々しい(笑)その容姿を見ればクラスメイトならば美馬武以外にありえないと思う。
が、一応確認はする。
その声を聞き、美馬武は思った。
その一。腕力だけの勝負ならば、空也に負ける事はないだろう。
その二。力でねじ伏せて服従させれば、敵が拳銃などを持っていても弾除けにはなる。
その三。いい武器を持っていれば奪える。今後の展開が幾らか有利になる。
その四。邪魔だ。消えろ。
「死ね! 空也!!」
優しく話しかけてきた紺野空也に対し、右手で掴んでいた探知機ごと殴りかかる美馬武。
しかし相手は野球部でレギュラーを取れるだけの人物なので、それを楽に回避する。
もっとも、一般的に普通と言われる運動神経があればよけられる程度なのだが。
「なにするんだよ!?」
それに対し、紺野空也はあくまで冷静に対処しようとする。
どんな相手であれ、クラスメイトとは戦いたくはないのだろう。
「うるさい、死ね!」
今度は右足を振り上げたようだ。が、やはり回避される。
そして右足を大きく振り上げたのが原因でその場に尻餅を付いた美馬武。哀れ。
「話し合おうぜ、俺は戦いたくない!」
手を差し伸べてはいないが、美馬武を落ち着かせようとしている紺野空也。
そんな冷静な空也が頭に来たのか、あろうことか、
右手に掴んでいた探知機を空也に投げつけてしまった。
しかし、さすが野球部。それを難なくキャッチする。
「返せ! 俺の、返せ!!」
どこまでも冷静な空也に対し、もう怒り爆発の美馬武。
ヤバイくらいの形相で空也を睨みつけ、その重々しい体で空也に体当たりをかます。
が、やはりかわされる。それでも諦めず、空也に襲いかかる美馬武。
これはもう、何を言っても無理だろうな。
と思った紺野空也は美馬武からなし崩し的に受け取った探知機を手にしたまま、
走り去っていった。
美馬武はその後姿を追いかけたが、
なにせ100メートルを30秒近くかけて走る男である。
追いつけるはずもなく、その影は闇に消えていった。
ああああ、なんてことだ!!
俺は、俺がこのプログラムに優勝して総統の色紙を貰い
テレビ中継で歓迎されプログラムの歴史に俺の名前、
美馬武と刻むはずだったのに、なぜ、こんな場所で、
よりにもよってコンピュータ音痴の空也に探知機を奪われるのだろうか、
可笑しい、探知機を支給されたのはパソコンのプロ、美馬武様だっただろう、
なぜ、なぜなんだ、鬼島俊輔といい、三ア義一といい、
すこしキーボードが打てるからって女子にきゃーきゃー言われて、
俺は本当に羨ましかったんだ、だって可笑しいだろう、
俺のところにくればキーボードどころか、
ネットの危ない連中が集っているサイトや面白可笑しい動画画像サイトを紹介し、
クラスに笑いを広げられた自信があったのに、
なぜよりにもよって、女子連中はパソコンの授業中、
鬼島や三ア、そればかりか普段のように結城や八島、
もうとにかく、なぜ俺のところにこないのか、
俺は高嶺の花だからか、そうなんだな。
ははははははは、ならばその高嶺の花、
美馬武様が死を送ろうではないか、
このクラス、3年2組に属するすべての人間にな!!
ママ、俺はこのプログラムで優勝して、絶対にまたママのご飯を食べるよ、
だから美味しいご飯を用意しておいてよ、ママ! ママ!!
補足をしておくと、パソコンの授業で女子が結城、
八島と仲良く話しているのは他の授業でもあるように、
いつもの事だし、鬼島、三アの二人はクラスで一番タイピングが早く、
タイピングゲームで勝負して遊んでいるところに、
ギャラリーとして女子が覗く程度である。
そして彼の言う危ない連中が集うサイトと言うのは、某大型匿名掲示板であり、
確かに少しは危ない連中もいるが、
いたって普通の掲示板が多数集合しているだけである。
最後になるが。
彼、美馬武の言うパソコンのプロと言うのはもちろん自称であると言っておこう。
――残り37人
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